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2004.07.10

小沼熊野の榎

今朝 回覧を届けに行った帰り道に,看板を発見しました.
タイトルは「一里塚の榎
小沼熊野の榎
いつもは,夜通っていたので,気がつきませんでした.

一里塚の榎
坂戸市教育委員会が設置した看板ですが,擦れているので,解読してみました.

一里塚の榎

慶長八年(1603)徳川幕府が一里を三十六町と定め江戸日本橋に里程元標を建て重要な街道毎に五間四方(約9メートル)の小塚を築き,中央に榎を植えて一里塚を設置しました.当時この街道は江戸から川越までが十里(約四十キロ)それからつづく下小阪の刺橋の北方,道路のカーブの所にその一里塚はあったとの事ですが道路拡張のため切取られて庚申塔のみ残っています.この小沼字熊野の一里塚は江戸から十二里の地点です.そしてこの道はこれより高坂,菅谷,奈良梨,今市,小前田,児玉,藤岡へ出ますが,菅谷から別れて小川,安戸,大野原,秩父大宮方面から栃本の関所への街道筋にあたっているわけです.道を行く旅人たちはこの木の下で休んだ事でしょうし又目標に対して一里の目安になったとも思います.この庚申塔も竹の筒に水を入れて馬の病気を直して下さい,直して下されば,お酒を上げますとお願いをすると病気がなおると言い伝えられていますが,時々願いかけの竹筒があがっています.
   昭和五十五年十一月一日
      坂戸市教育委員会

文字の判読が難しく前後の関係から推量している部分もあります.

2010/12/21追記:
板橋←→川越を川越街道,川越←→藤岡を児玉街道,両方あわせて川越・児玉往還と言っていたようです.最寄りの宿場町は塚越宿石井宿です.この近くには鎌倉街道(中道)も通っていました.

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